【ハードボイルド小説】紫煙と硝煙が交わる時
行き過ぎた正義は、もはや正義ではない。
そして正義も時として仇となる―。
「終わりだな。カンチ…。」
黒のスーツに、紫のシャツ。
コテコテのアウトロースタイルに身を包んだ男が、銃のトリガーに指をかける。
1ヶ月前―。
俺は、とあるバーで酒を煽っていた。
ところが見事にボッタクリにあった。
中ジョッキ1杯のビールと、つまみの柿ピーを頼んだだけで700円。
俺はこういう筋の通らないことが大嫌いなんだ。
「お客さん、ボッタクリなんて無茶言わないでくださいよ。適正価格じゃないですか…。」
―適正価格だと?アサヒスーパードライ500mlが300円弱。柿ピーなど100円で3袋は買えるじゃないか。それがどうして700円になるんだ?
「あのねえ、お客さん。おうちで晩酌してるのと違うんですよ?客商売は人件費や光熱費、家賃がかかるんですよ…」
―うるせえ!原価は400円もしねえじゃねえか!責任者を呼べ!あと『お客様の声』にクレーム入れてやるからな!
「責任者を呼べ」で現われたのが、ケツモチの反社会組織の連中だったのだ。
こんなうらぶれたバーにもケツモチのアウトローがいるなんて…。
この日から俺は、アウトロー集団の指名手配犯となった。
そして、行き過ぎた正義は仇となった。
今、銃のトリガーに指をかけているこの男。
通称「一撃必中の竜」。
銃の扱いに長けていて、標的を一発で仕留める。
俺のようなカタギの人間でも、その噂は伝え聞いている。
「おい、カンチ。死ぬ前に、何か言い残した事はないか?」
―だ、だって、原価は…
「…うっ、うるせえ!この原価厨が!他だ、他!原価以外に言い残した事は!?」
イラつき気味に竜は声を荒げた。全く取り付く島もない。
―タバコを…。最後にタバコを吸わせてくれ…。
「ふんっ!いいだろう…。」
「だが、ゆっくりだ。ゆっくりタバコを取り出せ。」
ポケットに手を入れ、やおらタバコを取り出す。
「妙な動きをしやがったら、すぐに銃をぶっ放すぞ?」
「お前が取り出したそのタバコ…。『ラッキー・ストライク』を吸う前に、お前の額に銃弾が『ラッキー・ストライク』になるからな?」
「あはははははっ!」
竜の舎弟どもが、竜の機嫌を取るようにオーバーに笑った。
タバコに火をつけるべく、ライターの入った、もう一つのポケットをまさぐる。
「ああ、カンチ。ライターは必要ねえよ。」
竜がそう言い放ったと同時に、火花と破裂音が鳴り散る。
竜の放った弾丸は、咥えたタバコの先をかすめ、火を点した。
―なるほど…。噂に違わぬ銃の腕前だ…。
背中に走る寒気を押し殺すように、深くタバコを吸い込んだ。
ふぅ、と大きく吐き出した紫煙に、既に立ち込めていた硝煙が混じる。
2つの煙が混じった独特の匂いの中、俺はこの窮地から脱する方法を模索していた。
横目で後ろの雑居ビルを見る。
左に半歩だけ、ゆっくりと体を移動する。そしてもう半歩、ジリジリと移動する。
「おい。タバコがフィルターを焦がしているぞ。もういいだろ。」
―…。ああ。もう思い残すことはない。ひと思いに頼まぁ。
「ははは。なかなか潔いな。涅槃で待ってろ、カンチ君。」
竜が銃のトリガーに指をかけた瞬間、俺はしゃがみこんだ。
発砲音と金属の破裂音が路地裏に響いた―。
次の瞬間、シューッという、何かが吹き出る音が路地裏に漏れる。
「なんだ?ガスくせえぞ!?」
そうだ。俺は賭けたんだ。竜に。竜の、正確無比の銃の腕に。
タバコを吸いながら俺は見たんだ。
真後ろにある雑居ビル。
そしてそのビルの壁を這うように、むき出しになっているガス管を―。
竜の放った弾丸はガス管を貫通し、今度は硝煙とガスの匂いが路地裏に充満する。
「…なんのマネだ?カンチ…。次は外さねえぞ?」
―分からねえのか、竜。お前が発砲したらガスに引火して、一面大爆発だぞ。
「ふははっ!銃の火花で、ガスに引火するわけがねえだろ。」
―なんだよ、竜。銃の扱いには長けてても、その辺は無知なんだな。
「…もういい。戯言は終わりだ。」
―ハッタリだと思ってるのか?俺はこうなる事も想定して、事前にググってきたんだぜ?
―ウソだと思うなら、お前も「発砲 ガス漏れ」でググってみろ。別にGoogleじゃなくても、Bingでもhao123でも検索してみるといい。
「くっ!このガキッ!」
「……。…おいっ!『発泡式ガス漏えい検知液』しか検索結果に出てこね…あっ!?カンチはどこだ!?」
俺は路地裏を走った。竜がガラケーのF902で「発砲 ガス漏れ」を検索している隙に―。
俺は走った。もう少しすれば大通りに出る。タクシーが往来しているはずだ。
路地裏を駆け抜ける。
陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く大通りに突入した。間に合った。
―いや、間に合ってねえ…。タクシーが全然こねえ!くそっ!
「おい!いたぞ!こっちだ!」
追ってきたチンピラどもが迫ってくる―。
―くそ!どうしたらいい!?…車…、車だっ!路駐していてエンジンかけっぱなしの車!そいつを拝借しよう!
追手がすぐそこまで迫ってきている。
―ダメだ!路駐している車がねえ!
―はっ!あそこだ!あそこに行けば!
―やっぱり!あったぞ!ドアのカギもかかってねえ!
つーか、ドアそのものがねえ!
エンジンは!?
よっしゃ!かかったwwwwwバイバイキーンwwww
あ、バイバイキンじゃ俺が悪者やんけwww
あると思ったんだよ。
「ちびっこ広場」に車が!!!!
…さて白痴のフリも、ここまでにしておこう。
「おい、そこのセレブ妻!中年男が真っ昼間から、ちびっこ広場でアンパンマン NEW あちこちスイスイアンパンマンに乗っているんだぞ?不審だと思うだろ?な?思うよな?だったらするべき行動は一つだよな?」
セレブ妻が子供の手を引き、足早に去っていく。
―くっ!ダメか…。
その時、セレブがスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
―よしっ!目論見通りだ!これで警察が駆けつける!
警察という最強の護衛が俺についてくれる!
「おい!こんな所にいやがったぞ!」
警官より早く、チンピラどもが俺を取り囲む。
「つーか、こいつ何してんだ?」
「…バカじゃねえのか?」
「こんなバカに俺たちは振り回されていたのかよ…。」
「俺、なんだかこいつがかわいそうになってきたよ…」
―や、やめろっ!哀れみと蔑みの目で俺を見るなっ!
「バカらしい。もう帰ろうぜ。」
―ま、待て!チンピラ!お前らがいなかったら、ホントにただの通報事案になってしまうではないか!!!
俺を追いかけていたチンピラが、今度は脱兎のごとく逃げ出した。
―頼むよお…。マジかよお…。不審者情報がお子様を持つご家庭に出回るじゃんかよお…。
誰もいなくなった静寂のちびっこ広場に、アンパンマンのマーチが虚しく響く…。
「すみません。ちょっと通報があったもんで。署までご同行願えますか?」
アンパンマンのマーチは、サイレンの音にかき消された。
3日後―。
俺は路地裏を慎重に歩いた。アウトロー集団から逃げてるわけではない。
もう、ご近所の冷たい視線が痛くて痛くて…。
人目につかぬよう、路地裏の奥へ奥へと歩みを進めると、トレンチコートを着た男が立っていた。
先日、俺を取り調べた刑事が張り込みをしていた。
「お、カンチじゃないか。この前は悪かったな。ちょっときつく絞りすぎた。でも、もうあまり不審なことをするんじゃないぞ?」
「ほれ、これ食うか?」
刑事は持っていたアンパンと牛乳を俺に差し出した。
―いや…。もうアンパンはコリゴリっす…。
そう一瞥をくれ、さらに路地裏の奥へと歩みを進めた。
くわえていたタバコがフィルターを焦がしていた。
タバコをつまみ、指で弾いた。
弾かれたタバコが宙で弧を描き始めた時、閃光と共にタバコが散り散りになった。
紫煙と硝煙が入り混じる。
―そうか、竜。お前だけはまだ、俺を付け狙っていたんだな。
竜はただ薄ら笑いを浮かべる。俺も釣られて笑った。
―お前とは決着をつけないとな…。
路地裏の奥にある、竜の縄張りである繁華街。「大人の広場」に歩を進める。
何の為に生まれて、何の為に生きるのか。
答えられないなんて、そんなのは嫌だ―。
そんなメロディーを口ずさみながら。
*執筆後記
先日、ゲーセンでガチャガチャを回しました。その時、アンパンマンの乗り物が目に入ったんです。
そんでこれは懐かしい!童心に返ってガチャガチャを回してみたみたいに
「アンパンマンの乗り物に乗ってみた」を書こうと思ったんです。んで、ゲーセンに行く道すがら
「ヤクザに追われている最中に、アンパンマンの乗り物で逃げる話」にした方が面白いんじゃね?と思ったんです。
そしてゲーセンに到着。私は一目散に、アンパンマンの乗り物があった場所へ向かいました。
・・・撤去されていました。
言い訳になるかもしれませんが、あのアンパンマンの乗り物さえあれば、もっと面白い話になっていたんです!
「いつまでもあると思うな親とアンパンマンの乗り物」
「amazonで買い物するときゃ、このブログ経由で」
老婆心ながら、最後までご閲覧いただいた皆様に、この2つのことわざを送りたいと思います。